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2005年9月10日号
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峠の花 優しい娘の身代わりに

 誰が名付けたのか、その名もゆかしい花折(はなおれ)峠。若狭と京を結び、鯖(さば)街道とも呼ばれる山間の古道の難所だ。標高591メートル。

 比叡を出発し、修験(しゅげん)道場の葛川(かつらがわ)明王院を目指す行者が、大津市途中の里から急坂にあえぎつつ峠に立つと、院への手向けの花としてシキミを手折ったことに由来する名ともいう。

人影も少なく、こけむした花折峠。修行僧が履き替えたものであろうか、朽ちかけたワラジが2、3足あった
花折峠(大津市)
 昭和50年、峠の下に花折トンネルが開通して以来、峠は半ば廃れた地道となった。

 さて、トンネル開通の前年に描かれた「花折峠」と題する名画がある。35歳で早世した大津市の日本画家、三橋節子さんが、がんで利き腕の右手を失い、左手で描いた作品だ。

 こんな画面である。右上から左下へかけての渓流に、朱色の着物を着た美しい少女の亡きがらが浮かんでいる。岸辺にはおびただしい草花。ワレモコウ、ナデシコ、クサマオ、キキョウ、カスミソウ…。花々はなぜか、ことごとく茎が折れている。そして左上に小さく、どこか意地悪そうな花売りの少女の姿−。

 静寂と美と力に満ちた、想像力をかき立てる絵だが、この誕生には、夫君の日本画家、鈴木靖将さんの貢献があった。

 右手喪失で絵のテーマも失ったと嘆く病床の彼女に、鈴木さんは、図書館から「近江むかし話」(滋賀県老人クラブ編)を借り出して、中の「花折峠」を読んで聞かせたのだという。

 −優しい娘と、評判の良くない娘がいた。2人はいつも峠越えで花を売っていたが、優しい娘の方だけ、よく売れた。ある日の帰り道、丸木橋を渡るとき、良くない娘は優しい娘を川に突き落とした。が、里に帰ってみると、優しい娘は夕飯の支度をしていた。突き落とされたとき、峠の花が一斉に折れて身代わりとなったのだ。以来、峠の名は花折峠となったのだと−。

 節子さんは転移による激しいせきをしつつ、物語から100号の大作を描き、翌年亡くなった。

 梅原猛は「湖の伝説」でこの絵を「自らの涅槃(ねはん)図」であり、花の慟哭(どうこく)の場面だと表現する。また、岡部伊都子は「花のすがた」で、折れた花の描写が美しい理由を節子さんが「折れた花を心にとめて愛してきたからではないか」と推測する。

 実は、名画誕生にはさらにドラマが潜んでいた。「花折峠」の物語は、多発性関節炎で寝たきり関白といわれた大阪の中野隆夫さんの創作民話であることが、後に分かったのだ。

 「彼女はその民話のプロセスを借りて、死に臨む心境を投影させました。氏には感謝しています」と、鈴木さん。

 今、花折トンネルの両端には、それぞれ旧峠道への出入り口が残るが、人影はない。トンネルを北へ抜け、急坂を下った所が安曇川の源流を抱く大津市平の集落。優しい花売り娘に出会えそうな、美しい山里である。

【葛川明王院】花折トンネルを北へ抜け、なお若狭街道をたどった大津市葛川坊村の山中にある。比叡山無動寺に属する天台密教の修験道場=写真右=で、葛川参籠(ろう)の場として知られる。平安時代に比叡山で修行し、無動寺を開いた相応和尚が、さらに山奥を求めて開いた。本尊の千手観音立像は国の重文。室町時代の日野富子の署名のある参籠札が残る。毎年7月18日の夜、葛川入りした修行僧たちや地元の人々による太鼓まわしの行事が有名。

【還来神社】花折トンネルを東側へ下った大津市伊香立途中町にある。祭神は桓武天皇の皇后旅子。平清盛に敗れた源義朝が東国へ落ちるとき、京から若狭街道へ入り、途中の在所からこの神社へ詣でたという。後、息子の頼朝が源氏を再興して、この神社に神田を寄進。源氏の帰還がかなったので、「もどろき」の社名になったという。日清、日露や第二次大戦のとき、生還を祈って、全国から参拝する人々が多かったことで知られる。

【三橋節子美術館】大津市小関町、長等公園の一角にある。長等創作展示館との併設=写真左。若き日のインドへの旅で着想した作品から、死を意識しつつ描いた「花折峠」、死の1カ月前の絶筆「余呉の天女」まで数々の作品を展示。入館料210円、高・大学生150円、小・中学生100円。団体割引あり。月曜日休館。電話 077(523)5101

きせわた

口福なお菓子 歳時に残る「着せ綿」

 「見て楽しく、食べておいしい」。これは和洋を問わずお菓子の世界共通のことでしょう。お店に並んだお菓子を眺め、どれにしようか、悩むのもまた楽しいものです。

 ことに和菓子の世界では、おまんじゅうやようかんといった1年を通して作るお菓子の他に、特定の日にしか作らない「歳時菓子」というのがあります。

 昨日も、私どものお店にそんな特別なお菓子が並びました。白い綿衣を着たようなおもちの上に、赤いあずきが一粒乗っています。お菓子の名は「きせわた」。菊の花に寄せる「重陽(ちょうよう)の節句」にちなんだお菓子です。

 節句といえば、桃の節句や、端午(たんご)の節句がおなじみですが、もともと古代に中国から日本へ伝えられた行事で、春夏秋冬、季節の変わり目を祝う日のことでした。

 重陽の別名は「菊の節句」。名前の通り、菊を用いた行事が行われました。中でも、菊に綿をかぶせて一晩おき、夜露と花の香を含んだその綿で身を清めると、若返りの効果があるのだとか…。この時、夜露と香をたっぷりと含むよう、菊に「着」せた「真綿」の衣。それが「着せ綿」です。

 今では知る人も少なくなった重陽の節句ですが、和菓子の世界ではまだまだ現役。名前や形に、昔の歳時が残されています。お菓子に込められた季節の露の優雅な一しずく。それを感じるのもまた、和菓子の楽しさです。

 空は秋色、「着せ綿」に見立てたお菓子をいただいて、お茶を一服。そんな時間はいかがでしょうか。

  (たねや近江文庫・桂浩子)

イタリアン・カフェ Stagione スタジョーネ
=野洲市野洲 電話 077(587)6708

 シェフ・田中俊也さんを中心に家族で営むお店。イタリアンに和食や中華のテイストを取り入れたメニューは幅広い年齢層に好評で、「毎日来ていただいても飽きないように」と、日替わりで料理が登場します。しかも、リゾットには五穀米、ピザには天然酵母の生地を使うなど、体のことを考えて素材からしっかり吟味。「自家製ベーコンや手作りのケーキなどは、いま一緒に店を切り盛りしている母が幼いころから家で作ってくれていたもの。手間暇かけた味の良さを教えてくれたことに、いまは感謝していますね」とシェフ。写真は仔(こ)羊の白ゴマ焼きオリエンタルソース(1480円)で、メーンの料理が選べるランチは900円から。カフェメニューやデザートの種類も豊富です。

野洲市 初田智恵美さん推薦

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